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最高裁判所第二小法廷 昭和42年(オ)767号 判決 1968年3月08日

上告人

伴商事株式会社

右代表者

伴光泰

右訴訟代理人

田中一男

被上告人

尾西紡織工業協同組合

右代表者

黒田正隆

右訴訟代理人

江口三五

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田中一男の上告理由について。

原判決の確定した事実によれば、被上告人が本件機械に対して有する権利は、いわゆる処分清算型の譲渡担保権であるというのであるから、担保の目的をこえて所有権を主張しえないことは、所論のとおりである(昭和四一年四月二八日第一小法廷判決・民集二〇巻四号九〇〇頁、昭和四二年一一月一六日第一小法廷判決・裁判所時報四八六号一頁各参照)。

しかし、処分清算型の譲渡担保権者が優先弁済権を実行するためには、目的物を換価するため処分する以外に方法がないのであるから、その前提として目的物を搬出する行為は、同人の権利を実行するための必須の行為であって、不法行為とはいえない。これと同趣旨の原判決の判断は正当である。上告人としては、債務者の被上告人に対する清算金返還請求権を代位行使して、その救済をはかるは格別、本件論旨は理由なく、採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 色川幸太郎)

上告代理人田中一男の上告理由

第一、本件についての第一、二審によつて確定した事実

一、上告人は甲第一号証により訴外市川紡績有限会社以下訴外市川と略称するとの間に昭和三十八年三月十五日付で大隈式四巾力織機八十七型両四丁杼ドビー十六枚付四台と直結安川式モーター各壱馬力付登録織機以下本件織機と略称する外数点を其備付工場と共に工場抵当法による根抵当権を設定したが右市川は昭和三十九年十一月中旬頃に倒産して代表取締役は他へ逃亡して姿をくらました。

二、訴外市川の倒産に対しては当時金壱千二百十万七千二百十二円の債権を有する上告人等外数人の債権者は右訴外市川の代表取締役以外の責任者取締役等について資産貸借対照表を作成し被上告人は当時約金十五万円見当の債権者であることが判明した、(注)本件訴訟の進行につれて被上告人の右訴外市川に対する債権額は金十四万九千二百四十四円であることに争がない。

三、被上告人方職員川口繁は右訴外市川の倒産に際し同年同月十八日頃に人夫数人を帯同して上告人が前記根抵当権を設定してある本件機械を右訴外市川の代表取締役の逃亡に乗じて他へ搬出に取りかゝつたが此事実を近隣の人から上告人方へ知らせたので上告人方は取締役伴好二と社員服部舜一と同梅村兼弘の三人を現場に行かせて本件物件は上告人が工場抵当法による抵当権を設定してあるから引揚げることを止めてほしいと申向けると右被上告人方川口繁は本件機械は己に被上告人が担保権を設定してあるから引揚げると云うので上告人方伴好二外二人は被上告人の訴外市川への債権は僅かに金十五万円未満の額であるが本件機械は時価約二百万円を称するにより被上告人の訴外市川への債権は全額上告人が弁済するから本件機械の引揚は止めてほしいと懇願したが聞き入れずに暴力を以つて引揚げたので右上告人方伴好二は管区警察署へ保護を願つたがとりあはない、己むなく当日と当日が土曜日であつたので其翌々日の月曜日とに被上告人方事務所へ出頭して事情を詳しく説明し本件機械の価額と被上告人の訴外市川への債権額とが余りに違うから被上告人の訴外市川への債権は全額上告人が弁済するから本件機械は返へして貰いたいと懇願したが遂に拒絶された。

四、本件の争訟で本件機械の価額は鑑定人の鑑定によると引揚時の時価は金百十七万円であり被上告人の訴外市川に対する本件機械の被担保債権は金十四万九千二百四十三円であることは当事者間に争がない。

五、被上告人の主張する本件機械の担保権の性質は後述するとして被上告人の主張する担保権を証する乙第一号証は甲第一号証の上告人と訴外会社との工場抵当法による本件機械に対する根抵当権設定契約よりも以前である昭和三十六年八月十八日であるがその第一条には現在債務と云はずに現在及将来に負担する債務の限度額は金四十万円と為し第九条には訴外市川に債務の不履行があつた時は被上告人は本件物件を任意売却して債務の弁済に充当するも其弁済当時に於ける訴外市川の債務と比較し清算の結果過剰があれば訴外市川の其の分を返戻し不足があれば訴外市川から補償を受けることを特約してある。

第二、第一審(原審)判決も共に上告人と訴外市川との本件機械に関する甲第一号証の根抵当権は昭和三十八年三月十日に成立しておるが被上告人と訴外市川との間には己に昭和三十六年八月十八日付で本件機械に関する乙第一号証の譲渡担保契約を締結し従つて本件機械に関する所有権は昭和三十六年八月十八日に被上告人に内外共に移転しておるから上告人と訴外市川との甲第一号証の根抵当権設定契約は無効である。従つて上告人の甲第一号証を基盤とする凡べての権利の主張は無効行為たる基盤の上に樹立されるもので凡べて無効とするとの理由に帰着する。

原審判決は上告人は清算型譲渡担保は債権者は単に処分権と優先弁済権を取得するのみで所有権の移転を伴はないと主張すると判示しておるが上告人は左様な主張はしておらない、亦被上告人が担保物を引揚げることは即ち代物弁済であるとの前提をとつておると判示したがこれも上告人の主張を理解してないに帰するがこれ等の点は尚後述する。

第三、上告人は被上告人と訴外市川との間の乙第一号証の譲渡担保契約があつても甲第一号証の根抵当権設定契約は法律上無効でないとの見解の下に本件では争訟を続け其間上告人の主張は本件訴状の外に昭和四十年九月十三日付と昭和四十一年六月七日付と同年八月十九日付との各準備書面の外に昭和四十二年二月二十七日付控訴理由書と同年二月二十八日付の控訴理由補述書とで上告人の主張の全貌を明確にしたが此各準備書面は本件記録に綴られてあるからこれを援用する。

(註) 御庁の判例中に一件記録に編綴した準備書面でも各審級毎に新たに主張すべく前審の記録の援用は許されないような判示の片鱗を伺つた例があるので本上告書に上告人の主張の基盤を為す本件の控訴理由書を茲に新たに添付し控訴理由書中の控訴人とある文字を上告人、被控訴人とある文字を被上告人と訂正して上申する。

第四、上告理由の要旨を本書に添付した控訴理由書記載の趣旨と学説判例とを引用し併せて次の通りに掲記する。

一、動産を譲渡担保の目的に供した場合の物体は担保目的の範囲内に於てその所有権は内外共に所有者たる債務者から債権者に移転するけれども其移転は飽く迄も担保の目的を逸脱しない限り所有権者である債務者の本来の権能を喪失せしめるものでなく債務者は担保権者の法益を害しない限り所有者としての権能を行使することができる。蓋し譲渡担保権者の終局の法目的は他の債権者に優先して債権の弁済を受けることであつて当該動産の所有権を取得することを目的とするものでない、夫れであればこそ債務者が譲渡担保の負担である被担保債権を弁済したなら債務者は債権者に対して譲渡担保の物体について所有権は当初から債権者に移転しなかつた状態に於て其回復を求め得るもので債務者から債権者へ担保物件の所有権移転の債権的請求権を発生せしめるものでない、果して然りとするならば担保権者の法益を侵害しない限り担保物に対する債務者の所有者としての法律行為は其内容は不法でなく其実行は客観的不能でもないなら無効とする理由はない、只債務者の債務の不履行があれば担保債権者に対抗ができないから其間に於ける債務者の行為の効力は未発生であると解すべきである。

二、被上告人と訴外市川との乙第一号証の譲渡担保契約は原審判決は其理由に於て説示してあるように清算型の譲渡担保であるからこそ上告人は被上告人が本件機械を引揚げるに際し被上告人の債権は約金十五万円弱であるが本件機械の時価は約二百万円に近いから被上告人へは其債権は全額弁済するから引揚げないよう懇願したのに結局聞き入れられずに引揚げたことは其行為が不法であり上告人の権利を侵害したものと主張する。

原審判決は流質型譲渡担保に於ては後日担保物件を以つて現実に代物弁済とする時に債務額と担保物件の価額とが著しく相違する場合に公序良俗違反の問題を生ずることがあるが本件の如き清算型譲渡担保に於ては公序良俗の問題を生ずる恐れがないと判示したが上告人は前陳のように被上告人と訴外市川との譲渡担保契約は清算型であるから処分して清算した上での処分権取得型であり流質型のような当然の所有権帰属型でないと主張するに止り夫れが為めに清算型譲渡担保の場合は担保物の所有権は債権者に移転しないとか或は公序良俗の問題を生ずるとの主張はしておらない。

上告人は甲第一号証の訴外市川との根抵当権設定契約は乙第一号証の譲渡担保契約のある為めに無効ではなく被上告人の清算型譲渡担保契約上の権利を尊重し本来の趣旨である優先弁済を受ける権利を認めて被上告人の訴外市川に対する金十四万九千二百四十三円を弁済するから時価二百万円に近い本件機械の引揚を止めるよう懇願しても尚これを断行した違法があると主張する。要は上告人の甲第一号証の根抵当権設定契約は被上告人と訴外市川との乙第一号証の譲渡担保契約がある為めに無効であるか或は然らずして被上告人の譲渡担保契約に対抗し得ない状態に於て有効であるかが本件の焦点になるものと考える。

三、原審判決の理由の二の一では前略上告人は清算型譲渡担保は所有権の移転を伴はず債権者は単に処分権能と優先弁済権を取得するのみであると解し(所謂授権理論によるものか)又所有権が内外共に債権者に移転する譲渡担保は必然的に流質型譲渡担保であると解釈しそして担保権実行のために担保物を引揚げることは即ち代物弁済であるとの前提をとり以上の諸前提の下に種々の議論を展開しておるが当裁判所は授権理論を採用しないし又譲渡担保において所有権が内外共に債権者に移転するか或は外部的にのみ債権者に移転するかの問題と担保権実行の方法が清算型であるか流質型であるかの問題とは別個の問題であつて中略担保物の引揚は債務者が債務を履行しない以上如何な型態の譲渡担保になつても担保権実行の為めに行はれる云云との判示の根本理論は上告人が控訴理由書の第二、の二に論述したところと何の変りもなく簡説するなら清算型譲渡担保の場合でも担保物の所有権が債権者に移転しないでなく其移転の目的が流質型譲渡担保のように当然の所有権帰属型でなくて処分して清算を遂げた上で所有権の帰属を決めるもの即其過不足を清算しなくても担保契約の内容が公序良俗に反しない限り決定的に所有権の帰属を決める流質型譲渡担保とは其本質を異にすると云うに止まるもので原判決は上告人の論旨の目標を誤解しておるようである。而してその上告人の論旨の帰結としては担保権者たる債権者は清算型譲渡担保の場合は流質型譲渡担保の場合のように其担保契約の内容が公序良俗に反するか否やに関係なく其担保権の実行に該つては清算を遂げて過不足を決めなければ担保物の所有権の帰属は最終的に確定しないと云う担保目的を内容とする担保契約と解しておる、而してこの上告人の見解からすると上告人が控訴理由書の第二の二の後段で論述する被上告人が訴外市川との乙第一号証の譲渡担保契約は清算型で当然に被上告人に其所有権を帰属せしめる流質型譲渡担保でなく第三者に対抗し得る優先弁済権を附与する与信契約の性質を有するものであるから仮りに本件機械の所有権が被上告人に移転していても其の優先弁済権を侵害しない限度に於て該譲渡担保の目的からして上告人と訴外市川との間に甲第一号証の根抵当権設定の契約をしても担保物件の所有権が被上告人に存し被上告人の担保権に消長を来さないかぎり担保物件が弁済によつて訴外市川に復帰することを目的とする被上告人と訴外市川との根抵当権設定契約を無効とする理由はない、而して此理論は与信契約の理論から担保物件の所有権が訴外市川の債務弁済によつて所有権が復帰するにより物権契約が完成すると見ることも法律理論上で妥当せられるものである。

四、現行民法の解釈上で債権契約と物権契約とを如何様に理解せしむべきかの論争は暫らく措くとして上告人が控訴理由書の第二の三で論述したように上告人と訴外市川との甲第一号証の根抵当権契約は本件機械について民法第百七十六条の物権契約を目的とする債権契約たる与信契約を包括するものであるからこの与信契約の面から見ると甲第一号証の契約は有効であることは問題でない。

果して然りとするならば訴外市川が被上告人に債務を弁済した場合に回復する本件機械を物体とする根抵当権は無効でなく有効であることも当然の論結である。

五、上告人の控訴理由の第二の四に論述する譲渡担保契約によつて其物体の所有権を担保権者に移転する目的は其の譲渡担保の性質が清算型であると流質型であるとを問はず被担保債権を弁済して其所有権を回復することを目的とする限り担保権の存続中は当事者間の関係は信託的な性格を有し債務者の所有者としての権能を全然喪失せしめるものでなく債権者も債務者のこの性格を無視し得ないから自己の法益を侵害せられない限り債務者の所有者的性格を奪うことは出来ないものである。

六、上告人は第一審以来本件機械は見積額金二百万円を称する高額のものであり而かも機械の元所有者訴外市川に対する被担保債権は僅かに金十五万円弱であるから其被担保債権は上告人に於て弁済をするから該機械を引揚げないよう亦引揚後にも返還して貰うよう懇願した、而して其懇願は甲第一号証の根抵当権と民法第一条の第一、二、三各項と同法第九十条を根拠として要求したが第一、二審共上告人は訴外市川との甲第一号証の根抵当権は無効であるから民法第一条と同法第九十条との請求は其適格を有しないとして棄却されたが上告人はこれに不服であるから其理由を陳述する。

(一) 甲第一号証の根抵当権は有効であることは本書で前述した。

(二) 被上告人の行為は民法第一、二項に照しても公共の福祉に遵つておらず亦信義にも誠実にも反しておる。

而のみならず被上告人の訴外市川に対する本来の債権は全部上告人が弁済するから高額の本件機械は引揚げず亦返還して貰いたいと懇願したのに本件機械は譲渡担保によつて所有権を取得しておるからと云つて返還せず亦価額超過分も返還しない。

(三) 第二審判決は被上告人の譲渡担保契約は清算型であるから其超過分は訴外市川へ支払うべきであつても上告人へは支払うべきでないと判示したが上告人の甲第一号証の根抵当権が有効であるなら不法行為として賠償すべきである。

(四) 被上告人は本件機械について所有権があつても清算型の譲渡担保であるから超過分については権利の濫用として其行使は不法であるから根抵当権者たる上告人へ支払うべきである。     以上

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